ひと月半が過ぎて

この涙をさがす旅はいつまで続くのだろうか。本当のことを書こう。そう決めて、今回の台本を書き始めました。いつも台本を書く前に読み返す本が2冊あります。江國香織さんの「泣かない子供」と、内田樹さんの「街場の文体論」です。江國さんの言葉、「前提のない場所に行ってみたくて」なぜ書くかという質問に対する回答を読み返します。河合隼雄さんいうところの魂の現実のところも、五つ目の無花果で手をべたべたにしているところも読み返します。「個人的真実を信用できなくなったら終わりだ」という江國さんの言葉をくりかえし読みます。今回もそうやって始めました。一日1ページ、2ページの日もありました、書き進めていきました。どこにたどり着くかわからない涙をさがす旅は、一歩づつ上演に向けて歩みを続けました。

 

最初の一歩はウイングフィールドの福本さんから声をかけていただいたところから。こころネットKANSAIとのコラボレーション企画だというのに、やりたいようにやってくださいと、信じて託してくださったこと、忘れません。おそろしかったとおもいます。不安にさせたとおもいます。僕は本番中、袖の中で震えていました。

 

こころネットKANSAIの方に紹介をしていただいて、アルコール依存症の方の集まる断酒会に参加した時のこと。当事者の方が自らのことを話す場で、10分間家族を否定しつづけた男性がいました。家族のせいで自分はこうなったと語り続け、最後にここに来て仲間が出来たことが幸せですとしめくくった彼の言葉に違和感を覚えたことがこの旅のはじまりでもありました。彼の言葉から感じた違和感、その言葉に本当はないと感じたわたしは、本を書き始めました。彼が話す真実味のない仲間という言葉の中にあたりまえに本当はあったんだと気がつきました。稽古中のことです。もしかすると彼は家族を否定し続けた10分間、家族と暮らした日々を、初めて行った家族旅行を、晩ごはんの風景をみつめていたのかもしれません。

 

今回の稽古初めから本番まで、私たちは歩き続けました。現在から自分の生まれた年まで歩き、振り返り、また現在までを歩く。毎日、毎日、みんなにも歩いてもらいましたし、私も歩き続けました。家族を否定し続けた10分間に彼が見ていた風景を私たちも見続けました。本番中もです。私たちが歩き、誰かと出会い、触れることが客席に座った誰かの誰かに触れる時間になると信じて、毎日、毎日、歩きました。

 

時間は、流れる時間は静かでゆっくりでないといけません。そうでないとなかなか誰かに触れることはできません。怖かったですが、劇中流れる時間はゆっくりと作らせてもらいました。声は小さめに。怒られるかもしれませんが、眠ってしまってもいいと思っていました。退屈した方もいたかもしれません。もっともっと小さな声でもよかったかもしれません。まだまだ臆病者です。一番大事なのは誰かに出会って触れること、そんな時間を作りたかったのです。

 

江國さんいうところの、個人的真実を信用出来なくなったら終わりだという言葉があたまにうかびます。内田樹さんの言葉、情理を尽くして語る。「僕はこの「情理を尽くして」という態度が読み手に対する敬意の表現であり、同時に、言語における創造性の実質だと思うんです。」この言葉を読み返して、自分に問い続けた今回の公演でした。

 

信頼できる自立した俳優のみんなと、意を汲んでイメージを具現化してくれるスタッフのみんなのおかげで、きっと受け入れてくれると信じた観客のみなさんのおかげで、無事に上演をすることができました。

 

最後にひとつだけ。今回の執筆にあたり、私に自分の体験を話してくれた女性が二人います。彼女たちは本当のことを話してくれました。だから、わたしも、何があっても本当のことを書くし、演出をする際も「本当か?」と自分に問い続けました。彼女たちなしではそもそもこの旅は始まらなかったし、どこに行くことも出来なかったとおもいます。こころから感謝をしています。本当にありがとうございました。

 

長くなりました。うれしかったことはキャストのみんなが褒められたこと、みてもらった人にいろんなところに連れってもらったといってもらえたこと、涙をなくしたはずの彼女が、なみだ流しながら見させてもらいましたと目に涙を浮かべてそのことを僕につたえてくれたこと、劇団員のことや小坂さんのこと、大江さんのこと、スタッフさんのこと、家族のことも、いっぱいあります。いっぱいくるしかったし、いっぱいうれしいことのあった公演でした。

 

小坂さんのパンフレットに書いてくれた言葉、私たちはもちろん「家族」ではない。しかし「他人」ではなくなってしまった、という文章をあらためて読み返します。劇を作りに集まれる私たちはとても幸せなことだとあらためて思う公演からひと月半後です。

 

また劇を作りに集まれるよう、日々を積み重ねます。劇場にお越しいただいた皆さま、本当にありがとうございました。再びの再会を楽しみにしております。

 

桃園会

橋本健司